ハリー・ポッターと謎のプリンス

作品紹介/プロダクション・ノート
Production Note

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プロダクション・ノート
光と闇

原作シリーズの第6章「ハリー・ポッターと謎のプリンス」はハリーにとって、その仲間と宿敵にとって、新たな1章を意味するだけではない。そのストーリーには笑いと涙、ロマンスとあがない、過去と現在が今までにない形で絡み合う。そしてヴォルデモート卿が復活した今、善をとるか、悪をとるかの選択がこれまでにも増して運命の大きな分かれ道になる。

製作のデイビッド・ヘイマンが指摘する。「何を選択するかで、自分のありかたが最終的に決まる。それがシリーズを通じた原作のメインテーマになっています。映画版でも、そこをテーマにしてきましたし、これからも掘り下げていくつもりです。原作では――映画版も同じですが――1作ごとにハリーの1年間の成長を追っていて、今回の6作目も例外ではありません。前回のハリーは難しい局面に立たされていました――悪夢にうなされ、自信を失い、自らの邪心と格闘していた。そんなハリーもまたひとつ年を重ね、今までとは次元の違う課題や責任を抱えることになるんです」

「僕にとって、このシリーズのテーマは“いつまでも子供ではいられない”ということだね」とハリー役のダニエル・ラドクリフは話す。たしかに今のハリーを“魔法使いの男の子”と呼ぶことはもうできないだろう。「ハリーが初めて目にした魔法の世界は驚きと感動にあふれていて、一点の曇りもなかったんじゃないかな。けれども物語が進むにつれて、そんな世界観はガラガラと崩れてしまい、ハリーは悟るんだ。魔法界には、それまで自分が育ってきた世界と同じくらいに、あるいはそれ以上に、つらいことがあるんだってね」

 とはいえ、魔法界であれ、マグル界であれ、ティーンエイジャーにふりかかる試練はそう変わらない。製作のデイビッド・バロンは、どんな魔法を使っても思春期ならではの苦悩からは逃れられないと断言する。「恋の悩みというのは、いくつになってもやっかいですが、思春期にはとくにつらい。ジョー(J.K.ローリング)はそのあたりをみごとにとらえています。我らがデイビッド・イェーツ監督も才能豊かなキャストも、情感とユーモアたっぷりに思春期の日々を表現していますよ」。製作のヘイマンがつけ加える。「ジョーはこんなにもすばらしいストーリーを我々に預けてくれました。原作はどれもが珠玉の1冊。その一つひとつを映像化するたびに新たな試練とチャンスが生まれるわけですが、6度目となる今回も映像化するのが本当に楽しみでした」

 監督のデイビッド・イェーツは前作『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』でハリー・ポッターの世界に初めて足を踏み入れた。「前回は貴重な経験になったので、今回も呼んでもらえて本当にうれしかった」とイェーツは明かす。「原作の第6章は僕のお気に入り。エンターテイメントの要素がふんだんで、ホグワーツがますます恋の舞台になっている。同時にヴォルデモートの過去が明らかになるんだけれど、これが今までの伏線と絡んでくるんだ。ハリー、ロン、ハーマイオニーにとってはまったく新しい試練と向き合う1年になる。年を追うごとに3人の試練もきびしさを増すんだ。その点についてはダニエル、ルパート(・グリント)、エマ(・ワトソン)と話し合ったんだけど、とても有意義な時間になったね。3人とも本当に熱心に役を磨き、演技を磨こうとしている。我々だれもがこのストーリーや観客とともにキャラクターを成長させ、進化させたいと思っているよ」

 キャストもイェーツを賞賛する。「デイビッドと仕事をするのは本当に楽しい」とラドクリフは言う。「おかげで撮影に行くのが毎日楽しみだった。デイビッドはスタミナとエネルギーの塊だね」
 ハリーの親友ロン・ウィーズリーを演じるルパート・グリントも「僕たちみんなデイビッドになついていたから、このシリーズに戻ってきてくれてうれしかった」と話す。「デイビッドは台本をめくりながら、僕たちが自分の役についてどう考えているかじっくり聴いてくれたんだ。でも、助言や指導もたくさんしてくれたよ」

 シリーズ1〜4作を手がけた脚本家のスティーブ・クローブスは、この6作目で再び脚本を担当。製作のヘイマンが説明する。「今回のストーリーは過去の伏線との絡みが今まで以上に多くて、そこが悩みどころのひとつでした。さいわい、スティーブ・クローブスがうまくまとめて脚本に仕上げてくれました。それを形にしたのがデイビッド・イェーツ。彼は恐るべき才能の持ち主ですよ。ストーリーのみならず、キャラクターの人間性も非常に大事にして、私でさえ見たことのなかったキャストの一面を引き出してしまうんです」




スラグホーン先生

『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は「魔法界の緊迫した雰囲気とともに幕を開ける」とイェーツ監督は明かす。「なにしろヴォルデモート卿が完全に息を吹き返したからね」。 闇の帝王の復活に勢いづく死喰い人たちは好き勝手に暴れ回り、その脅威はマグルの世界にまで及ぶ。不吉な暗雲がロンドンの上空にたちこめ、人々は空を見上げながら得体の知れない恐怖におののく。すると突然、雲間から3人の死喰い人が現れ、街中を飛び回る。3人が去った後には見るも無残なロンドンの街並みが……。肉眼では見えない死喰い人がロンドンの名所ミレニアム橋の周囲を旋回すると、橋はゆがみ、ついには崩れ落ち、通行人は命からがら逃げまどう。
 製作のヘイマンが説明する。「ヴォルデモートの信奉者によって引き起こされた混乱は、魔法界からマグルの世界へと押し寄せるんです」

 そのころハリー・ポッターは駅の喫茶室にいた。日刊予言者新聞を広げ、片方の目でミレニアム橋崩壊の記事を読みながら、もう片方の目で美人のウェイトレスをちらり。ハリーが声をかける必要もなく、ウェイトレスは自分から仕事が終わる時間を告げてきた。ところが、いざデートという段になって、ダンブルドア校長がプラットフォームに姿を見せる。そして、なかば強引に、行き先も言わずに同行を求めるのだ。

 製作のバロンが話す。「ダンブルドアがどこへ行こうとしているのか、そこで自分に何をさせたいのか、ハリーには見当もつきません。けれども、ダンブルドアの頼みなら大事なことに違いないと思い、何も聞かずについていくんです」

 威厳あるダンブルドア校長を演じるのは、おなじみのマイケル・ガンボンだ。「今回のハリーとダンブルドアは生徒と校長を超えた関係になるんだ。小学生だったハリーが立派な青年に成長した今、ふたりの間柄も盟友同士に近いものになっていく」とガンボンは指摘する。

 製作のヘイマンが言葉を添える。「ダンブルドアはハリーを一人前に育てようと考えているんです。ハリーから見たダンブルドアは今も父親的な存在ですが、ハリーのほうはもう子供ではありません。ですからダンブルドアはハリーに対して対等に接するわけです。そのうえでハリーを指導し、今後を見すえて育てようとしている。この先、ヴォルデモートとの対決は避けて通れませんからね」

 ダンブルドアとハリーはバドリー・ババートンという村に到着。ダンブルドアはハリーをマグルの一軒家に案内するが、家の中は家捜しされた痕跡が……。人が住んでいる気配はなかったものの、まもなくダンブルドアは荒らされた室内に潜んでいる侵入者を発見する。ホラス・スラグホーンだ。かつてホグワーツで魔法薬学を教え、人気教師だったスラグホーンは何年も前に退職していたが、お気に入りの教え子たちのことはしかと記憶にとどめている。その教え子のひとりがトム・リドル。闇の魔術に異様な興味を示していた生徒だった。

 ヴォルデモートが死んだとされていたころは、若き日のヴォルデモート=リドルにまつわるエピソードにもたいした意味はないと思われた。だが、ヴォルデモートが完全に息を吹き返した今となっては、話は別だ。トム・リドルが闇の帝王へと変貌した経緯には、ヴォルデモートのパワーの秘密を知る手がかりがあるに違いない。ダンブルドアにはわかっていた――ホラス・スラグホーンならトム・リドルのことを鮮明すぎるほど鮮明に覚えているに違いない。なにしろトムはスラグホーンの教え子のなかでも飛びぬけて優秀だったのだから。

 製作のバロンが説明する。「スラグホーンはトラの威を借るキツネ。各界の名士と知り合いになり、著名人との親交をひけらかすことに生きがいを感じている。ホグワーツ出身の名士の多くが自分の教え子であり、彼らとのパイプをもっていることが自慢なんですよ。それがスラグホーンの虚栄心を満足させるのでしょう」

 スラグホーンに扮するベテラン俳優ジム・ブロードベントは今回の役どころについて「魅力的で演じがいのあるキャラクター」と話す。「スラグホーンは研究熱心だし、魔法薬学の第一人者としてとてつもない専門知識をもっているんだ。その道では超一流だが、欠落したところも多い。やましい過去があり、それが今もひきずっている。その過去を知られまいとして雲隠れしていたんだが……目の前にハリー・ポッターが現れた。ハリーという“エサ”を前にしてスラグホーンの心は教壇復帰へと傾くんだ」

 過去の栄光にすがるスラグホーンは自慢の教え子たちの写真を棚の上にずらりと並べ、1枚1枚を誇らしげに指さす。ダンブルドアは確信を得た。魔法界のセレブ、“選ばれし者”のハリー・ポッターなら、スラグホーンの言う“輝かしい宝石”となるだろう。
 スラグホーンは飛びつきたい気持ちを抑えながら、「もったいぶって、広いオフィスや給料アップを要求するんだ」とブロードベントは言う。

 スラグホーンがしゃれたオフィスを復職の条件にしたことで、スチュアート・クレイグ率いる美術チームに出番が回ってきた。
「スラグホーンのひと言は『立派なオフィスを用意せよ』という号令に聞こえました」とクレイグは振り返る。「そこでドラマチックで高級感のある、どっしりとしたつくりのオフィスをデザインしました。大きな暖炉と山々が一望できる広いベランダもついています。何よりも芝居がかった雰囲気を出したかったんです……スラグホーンの人となりが表れるようにね」
「あのセットは圧巻だったね。立派なねぐらを与えてもらって、スラグホーンも喜んでいると思うよ」とブロードベントは笑う。「本当にみごとなセットだった」

 衣装のジャニー・ティマイムも「小粋な」スラグホーン先生の衣装をデザインするのは楽しかったようだ。「スラグホーン先生は、ちょっとエキセントリックな英国紳士。美酒、美食、セレブに目がなくて、服にも当然こだわりをもっています。そこでツイードのチェックのスーツと蝶ネクタイを用意しました。クリスマス・パーティーには、しゃれたベロアのスーツを着てもらったんです。スラグホーンはとてもおしゃれですが、失業中の身でもあるので、手持ちの服は古びたものが多い。高級ではあるけれど、ボタンがとれかかっていたりするんです」

 ティマイムはスラグホーンの恰幅の良さを演出するため、ブロードベントに仕掛けを施した。「パッドをつけてもらいました。スラグホーンの体型はジムよりはるかにふくよかですから。初めて衣装合わせをしたとき、ジム・ブロードベントとしてやってきたジムは、部屋を出て行くときスラグホーン先生になりきっていた。ジムとご一緒できて光栄でした」

 イェーツ監督も同感だ。「ジムはすばらしい。喜劇も悲劇もこなす実力の持ち主だから、この役にも厚みを出してくれると思っていたよ。スラグホーンはかなりキャラの立つ人物なんだけれど、ジムは臆することなくオーバーな演技でこなして、かつ説得力を出してくれたんだ。スラグホーンにはかなり鼻持ちならないところもあってね。話しかける相手はVIPだけ。それ以外は完全無視なんだ。ジムはそんな一面も楽しんで演じてくれたよ」

 製作のヘイマンがつけ加える。「ジムのような名優を迎えることができて本当にラッキーでした。シリーズの最初からキャストには恵まれてきましたが、ジムはとくに秀逸。ふだんはとても温和な人ですよ」







恋して、悩んで、戸惑って

 新年度を迎えたホグワーツではダンブルドア校長が全校生徒を大広間に集め、教壇に復帰した魔法薬学のホラス・スラグホーンを紹介する。さらにセブルス・スネイプが長年の悲願をかなえ、闇の魔術に対する防衛術の新任教師になったことも明かすのだ。

 また、生徒たちは新しいセキュリティ・システムが導入されたこと、それは暴走する死喰い人から生徒とホグワーツを守るためと説明を受けるのだが、思春期のトラブルはどんな魔法をもっても解決できるものではない。若き魔法使いたちはその現実をいやというほど思い知らされる。ときめき、嫉妬、一目惚れ、片思い、恋敵――彼らが経験する恋のドラマに10代の――そして元10代の――マグルも共感せずにはいられない。

 製作のデイビッド・バロンが話す。「今回初めて明らかになるのですが、ハリーはジニー・ウィーズリーに恋愛感情を抱いているんです。ところがジニーはディーン・トーマスと交際中で、兄のロンは妹の交際に大いに気をもんでいる。そのロンはラベンダー・ブラウンに夢中。ロンをひそかに思い続けてきたハーマイオニーは嫉妬の炎を燃やしつつ、遠くから眺めることしかできず、ロンへのあてつけに虫の好かないコーマック・マクラーゲンとデートする――ようこそ、平凡な青春時代へ!」

 ハーマイオニー役のエマ・ワトソンがコメントする。「ハリーたちは日ごろから“悪と戦う”みたいな大きな試練に立ち向かっているでしょう。だから、彼らもティーンエイジャーだっていうことを、つい忘れてしまいがち。この6作目はこれまで以上にロマンチック・コメディに近いんじゃないかしら。初恋とか、ジェラシーとか、傷心とか……ハリーたちが恋に悩む姿が描かれているの」

 前作『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』でハリーは、ご存知のとおり、チョウ・チャンを相手にファーストキスを体験。今回は幼なじみに寄せる感情の変化を体験する。というのも、ロンの“幼い”妹ジニーがいつのまにかチャーミングなレディに成長していたからだ。ジニーとともに成長してきた、ジニー役のボニー・ライトによると、ハリーに対する思慕は今に始まったことではないらしい。「ジニーは小さい頃からおにいちゃんの友達のハリーに憧れていたわ。でも、どうにもならないとあきらめていたの。だってハリーはおにいちゃんの親友なんだもの。ジニーとハリーは何年もかけて友情を温めてきたわ。だからジニーは、ハリーが魔法界を背負って立つ立場にあることも、“選ばれし者”だということもわかっている。そんな、まさかハリーが私に惹かれていたなんて……。ジニーにとっても驚きだけど、ハリー自身もびっくりしているんじゃないかしら」

 ふたりの恋路に立ちはだかるのはジニーの交際相手ディーン・トーマス(アルフレッド・イーノック)。そして、ディーンににらみをきかせる、妹思いのロンだ。さすがのハリーもロンににらまれたくはないだろう。ラドクリフが語る。「ハリーはジニーへの気持ちを抑えきれなくなるんだけど、ロンは大の親友だから、ロンとの友情を壊したくないとも思う。それでも、ジニーにキスしたくてたまらないんだ。ものすごいジレンマだよ。笑えるし、微笑ましいジレンマだけどね」

 しかし、ジニーの兄はそれでどころではなかった。自身が三角関係に巻き込まれてしまったのだ。今回、ロン・ウィーズリーに初めて公認の恋人ができるが、多くのファンが感じているように、ロンは以前からハーマイオニーと相思相愛だったはず。ただ、今までいちどもお互いの気持ちを確かめ合ったことがないのだ。それにひきかえ、美人のラベンダー・ブラウンはロンへの思いを堂々と口に出し、すきあらば態度と行動で示す。

「ロンにもようやく彼女ができるんだ」とルパート・グリントは言う。「最初のうちは有頂天なんだけど、ラベンダーのテンションがあまりに高いんで、だんだん腰が引けてきて、しまいには怖くなっちゃう。“ウォン・ウォン”なんて呼ばれるし、ネックレスをプレゼントされるしで、ロンはどうしていいのかわからないんだ。ラベンダーに振り回されるんだよ」

 製作のヘイマンが説明する。「ラベンダーはチャーミングな女の子ですが、遠慮というものを知らない。ロンに夢中なのはわかるけれど、ロンのほうは彼女のようなイケイケの女子に慣れていませんからね。一時はロンも彼女に夢中になるんですが、これは無理もないでしょう。ふたりのロマンスには笑いどころが満載。ルパートは持ち前のコメディセンスを存分に発揮してくれました」
「ルパートは天性のコメディアン」とイェーツ監督も賞賛する。「いつもアイデア豊富で、みんなを笑わせてくれるんだ。コミカルなシーンでルパートを演出するのは楽しかったよ。前回の『不死鳥の騎士団』のときは、そういう機会がなかったからね」

 コケティッシュなラベンダー・ブラウン役には新人のジェシー・ケイブが抜擢された。ケイブによれば、ラベンダーは「ハイテンションでオーバーアクションな女の子。演じていて、いいストレス解消になったわ。ロンにアタックするときも飛びついて、キスして、息ができないくらい抱きしめちゃう。周りの人はみんなドン引き(笑)。でも、いい度胸よね。そこまで大胆になれる女の子って、めったにいないと思うわ。ラベンダーは持ち前の度胸で欲しいものを手に入れようとするし、たいていは手に入れる。ただ、彼女も内心では不安や悩みをたくさん抱えているの。そういう複雑なところが、ラベンダーを魅力的なキャラクターにしているのよ」

 製作のヘイマンが話す。「ジェシー・ケイブは最高ですよ。ラベンダー役の候補者と何人も面接しましたが、ジェシーを見たとたん、迷いは吹き飛びました。ラベンダー・ブラウンはこの子で決まりだと。それに、ルパートとの息もピッタリです」

 ラベンダーはロンのファーストキスの相手でもある。しかし、前作でハリーとチョウが交わしたふたりだけのういういしい口づけとは大違いだ。ラベンダーは、やじ馬がはやしたてるなかでロンの首に両腕を巻きつけ、自分の唇をロンの唇に延々と押し当てる。「あのときは恥ずかしかったなあ。周りに人が大勢いたからね。ダニエルのときとは大違いだよ」とグリントが振り返る。「僕もジェシーも緊張したけど、テイクを重ねるうちに慣れてきたんだ」

 そのキスシーンの撮影が近づいたころ、ラドクリフはひそかにリベンジ計画を練った。「ルパートとジェシーのファーストキスが待ち遠しかったよ。この前、ケイティー相手にキスシーンを演じたときは、ずいぶんとグリントに冷やかされたんだ。今度は僕がお返しする番さ」とラドクリフは笑った。
 ラベンダーのストレートな愛情表現に眉をひそめる女子生徒がひとり――ハーマイオニーだ。ハーマイオニーはロンをひそかに思い続けてきたが、ロンはそれにまったく気づいていない。イェーツ監督がコメントする。「あのふたりは、どう見ても似合いのカップルとは思えないよね。ハーマイオニーは優等生で几帳面で真面目だけど、ロンはそのどれとも違う。なのに、どこかで惹かれあっているんだ」

 自分の気持ちに素直になれないうえに失恋気分まで味わうことになったハーマイオニーは不安に駆られる――このままロンを失ったらどうしよう。しかも、ロンを奪おうとしている相手は同性として我慢ならないタイプだ。
「ハーマイオニーはラベンダーを毛嫌いしているの」とワトソンはズバリ言う。「ロンにベタベタしているというだけで充分にイヤだけど、いちばん大きな理由はハーマイオニーとラベンダーが水と油だからだと思うわ。ハーマイオニーから見た彼女はミーハーで、オツムが弱くて、目立ちたがり屋のギャル。そこがガマンならないのよ。それにひきかえ、ハーマイオニーは強くて頭がいいでしょう……あまり男子には受けないかもしれないけれど。ハーマイオニーはメイクの仕方も、髪のまとめ方も知らないんじゃないかしら。だから、ラベンダーみたいな子にはかなわないと思ってしまう」

 ハーマイオニーとラベンダーの違いは好みの服にもはっきり表れている。衣装のジャニー・ティマイムはラベンダーの衣装を揃えるにあたって、“ラベンダー”の名にふさわしいカラフルで女の子らしいワードローブを考案した。「ラベンダーの衣装はキュートでフェミニンなものを用意しました。シーンごとに衣装を変えて、おしゃれ好きな女の子というイメージを演出したつもりです。制服姿のときも、髪にスカーフをあしらったりして、ラベンダー流のアレンジを加えました」

 その反対に、ハーマイオニーの装いは「実用第一。カジュアルで機能的な服がもっぱらです」とティマイム。「ハーマイオニーがかわいいのはエマ自身が美形だからであって、本来のハーマイオニーは自分のチャームポイントを頭脳だと思っているような女の子。ファッションで勝負するタイプではありません」

 しかし、ラベンダーもハーマイオニーも“惚れ薬”入りのチョコレートにロンのハートを奪われるとは思ってもみなかったはずだ。これにはロンの尽きない食欲も関係しているのだが。「ご自由にどうぞという感じで置いてあったし、ロンは甘いものに目がないからね」とグリントはニンマリした。


激戦の舞台

 恋のさやあてはクィディッチの競技場でも繰り広げられる。ロンとコーマック・マクラーゲンがグリフィンドール組のクィディッチ・チームの選抜テストを受けることになったのだ。イケメンでスポーツマンのコーマックは、ハーマイオニーの気を引くため、キーパーの座をかけてロンと競うことにする。「コーマックは自信過剰でカッコつけなんだ。何をやっても自分が一番だと思っている」とコーマック役のフレディー・ストローマは分析する。「キーパーのポジションとハーマイオニーをゲットして、ロンをギャフンと言わせるつもりなんだ」

「ロンがすっかり怖気づいているのは一目瞭然です。なにせコーマックは運動神経抜群ですからね。ロンは一生かないそうもありません」と製作のヘイマンは言う。「けれども、ロンは仲間の助けもあって、コーマックの鼻を折るんですよ」

 第二撮影班で演出を担当するスティーブン・ウールフェンデンが振り返る。「デイビッド・イェーツの狙いは特撮用の装置にルパートを乗せ、素のリアクションを引き出すことでした。そこで20個のクアッフル(クィディッチ用のボール)をルパートめがけて一斉に放ち、複数のアングルからロンの反応をとらえたんです。飛んでくるボールに対する、偽りのないリアクションは最高に笑える画(え)になりました。アドリブも同然でしたから、ルパートもより自然な演技ができたと思います」

 選抜テストに続いては、グリフィンドールとスリザリンの試合がおこなわれる。「クィディッチのシーンを撮ることができてうれしかったよ。前回はチャンスがなかったからね」とイェーツ監督は言う。「このスポーツがいかに過酷なものか。そこを伝えたいと最初から考えていたよ。ホウキにまたがって時速100キロのスピードで空中を飛びながら、ブラッジャー(クィディッチ用のボール)やほかの選手をよけなければならない。一歩間違えば大惨事さ。今回は選手同士が衝突したり、落下したりする場面もあって、緊張感とスピード感が半端じゃないよ」

「ホウキに乗ったローラーボール(バイクとインラインスケートで鉄球を奪い合う架空のゲーム)という具合にしたかったんです」と製作のデイビッド・バロンは明かす。「今までにない乱戦になりましたが、そのぶん一段と興奮しますよ」
 前出のウールフェンデンによれば、空中戦のすさまじさをみごとにとらえることができたのは「チームワークのたまものです。視覚効果、スタント、特殊効果、撮影、衣装……各部署が一丸となってがんばってくれました」

 今回は撮影に使用する装置を改良しなくてはならなかった。というのも、その装置をつけて演技するキャストが成長したからだ。特殊効果監修のジョン・リチャードソンが説明する。「これまで使ってきたホウキ型の装置はどれも子供仕様でした。でもキャストの身体が大きくなった今、こうした装置も大人の体重に耐えなくてはなりません。そこで全面的なバージョンアップが必要になりました」

 空中戦のアクションを演出するために数種類の装置が用意されたが、そのひとつが通称“マトリックス・リグ”。これを使えば、キャストやスタントマンの身体をしっかりと固定しつつ、あらゆる方向に高速回転させることが可能だ。「回転方向がスムーズに切り換わり、それでいて安全性が高いんです」とスタント監修のグレッグ・パウエルは話す。特殊効果監修のリチャードソンも「右に、左に、前に、後ろにと回転が瞬時に変わる。それはみごとなものでしたが、食後に見せられてはたまらないでしょうね」とジョークを飛ばす。

 このほかクィディッチ戦の撮影にはポール・アームという装置も使用。これにホウキを固定し、手動と自動で操作した。また、大型の空中ブランコを使って役者を空中へダイブさせ、まっさかさまに落下するところを撮影。オーソドックスなトランポリンも撮影に一役買った。

 衣装のジャニー・ティマイムはクィディッチのユニフォームに加えて練習着を新調。「練習着は基本的にはトラックスーツです。ひじ当てやひざ当てをつけ、革のヘルメットもデザインしました。試合用のユニフォームは、当然ながら練習着に比べて高級感があります。一着、一着が手作りですから、とてもぜいたくですよ」
 そのユニフォームに仕上げをほどこしたのはティム・バーク率いる視覚効果チームだ。実写撮影の終了後、デジタル技術を駆使してユニフォームにケープを加え、そのケープをなびかせることで試合のスピード感をアップさせた。

 美術のスチュアート・クレイグはクィディッチの競技場をバージョンアップ。「タワーを増設して、タワーとタワーの間隔を詰めました。こうすれば選手たちがタワーの間を縫って飛ぶ機会が増えますし、人や物がスレスレの距離で飛び交うシーンにも迫力が出ます」とクレイグは説明する。あとは観客が座るスタンドも一新しました。競技場全体がグレードアップしたと思いますよ」




もうひとりの“選ばれし者”NEW!

ところが、クィディッチどころではない生徒がいた。ドラコ・マルフォイはヴォルデモート卿から直々に呼び出され、ある仕事を任されていたのだ。それは重大かつきわめて危険な任務。若輩者のドラコには無理な相談だったが、それでもドラコは喜んで引き受ける。これでやっと日の目を見ることができる、そして永遠のライバル、ハリー・ポッターと肩を並べることができると思ったからだ。

 ドラコ・マルフォイを再演するトム・フェルトンが話す。「ドラコはハリーのことがずっとうらやましかったんだ。ハリーはいつもスポットライトを浴びて、魔法界では“選ばれし者”で通っているからね。だから自分にも“選ばれし者”になるチャンスがめぐってきたとき天にも昇る気持ちになるんだ。このチャンスはドラコにとって大人への第一歩でもあるんじゃないかな。父親がアズカバンに投獄された今、マルフォイ家の名誉を回復するのはドラコの役目。ドラコはヴォルデモートに認められたいんだけれど、それ以上に、父親にほめてもらいたいんだ」

 ドラコが大人への第一歩を踏み出したことは装いにも見てとれる。ホグワーツの制服を脱ぎ捨てた彼は黒のスーツをまとい、父親のステッキを持ち歩くようになる。「父親の跡継ぎとして、出で立ちも引き継ごうとしているのでしょう」と衣装のティマイムは指摘する。「ドラコがホグワーツと訣別しようとしていることを衣装にも反映させようと思いました」

 しかし、ドラコが引き受けた任務はあまりにも重く危険が大きい。そこで母親のナルシッサ・マルフォイは闇の帝王の逆鱗に触れることを覚悟のうえで、セブルス・スネイプのもとを訪れ、息子に力を貸してくれるよう頼む。マルフォイ家の女帝ナルシッサに扮するヘレン・マクローリーが話す。「ドラコに与えられた仕事は危険きわまりないし、ドラコがそれをやりおおせるとも思えない。だからナルシッサは自分が信じる“大義”を曲げてでも息子を守ろうとするの。彼女も必死なのよ。このときばかりはナルシッサもヴォルデモートに怒りを覚えたはず。忠誠を求めるのと、息子の命を要求するのとは別物でしょう。ナルシッサは悪女かもしれないけれど、母親としては立派だと思うわ」

 ナルシッサに同行したのは、ナルシッサの姉で、残虐非道な死喰い人ベラトリックス・レストレンジだ。ベラトリックスは、ドラコが闇の帝王から直々に指名を受けたことを名誉と力説し、スネイプに対しては不信感をあらわにする。スネイプがドラコの助けになることを約束したときも、その誠意をたしかめるために“破れぬ誓い”を立てさせる。

  ベラトリックスを演じるヘレナ・ボナム=カーターは「ベラトリックスはどんなときも闇の帝王にいちばん忠実だったわ。だからスネイプたちを軽蔑しているのよ」と分析する。「彼女はヴォルデモートの腹心のつもりでいるわ。ヴォルデモートが姿を消している間もアズカバンにいながら彼を支持してきた。ところがスネイプは臆病者で、敵にも味方にもいい顔をするの」

 自由を謳歌し、ヴォルデモートの復活に気を大きくしたベラトリックスは魔法界でもマグル界でも暴走し、死と壊滅をもたらす。蛮行で知られる狼男フェンリール・グレイバック(デイブ・レジュノ)らを引き連れて世界中を恐怖に陥れ、あげくに魔法界の名所ダイアゴン横丁をも無残に破壊してしまう。そんなベラトリックスが好んでターゲットにするのはハリー・ポッター(ハリーの名付け親シリウス・ブラックを殺したことをハリーの前で豪語)とその周囲の人々。とりわけウィーズリー一家は甚大な実害をこうむる。

「ベラトリックスには放火魔の気があるみたい」とボナム=カーターは言い、ウィーズリーの家の運命を暗示する。ある祝日、ベラトリックスとグレイバックは招かれざる客としてこの家を訪れ、とんだ災難をもたらすのだ。「戦争が本格的に始まった今、ベラトリックスの凶暴性、凶悪性は最高潮に達するわ」とボナム=カーターは続ける。「まさに暴れ狂う狂人ね。ベラトリックスは手加減を知らない。だから演じていてこんなに楽しいの」

 ベラトリックスの一派があちこちで混乱を引き起こしているさなか、ドラコはひそかにホグワーツ城をかぎまわり“必要の部屋”の“姿をくらますキャビネット”を使ってなにやら実験をおこなう。前作にも登場した“必要の部屋”だが、今回はずいぶんと様変わりした。「あの部屋は本来、必要に応じて姿を変える部屋ですから」と美術のクレイグが説明する。「それは部屋のつくりについても同じ。今回も大きな丸天井はついていますが、部屋というより物置に近いんです」
 用済みになった家具やガラクタが天井まで積み上げられたこの空間なら、特定のモノを隠したり、カムフラージュしたりするのに最適だろう――もし、その必要があるのなら。

 しかしドラコは母親が案じたとおり、課せられた任務の重さに耐えきれなくなってくる。「ドラコは自分のことを買いかぶっていたんだ」とフェルトンが分析する。「今までのドラコはふてぶてしくて生意気だったけれど、今回はいつになく弱気なところを見せる。ドラコの弱さを表現するのは楽しかったよ」
 イェーツ監督がコメントする。「ドラコはずっと注目の的になりたかったんだ。“選ばれし者”となってみんなの話題を独占したい。だからヴォルデモートに与えられた仕事をやりとげれば、栄光を勝ち取ることができると考えた。けれども、ドラコは次第にプレッシャーに押しつぶされていく。このあたりの経緯は演じるトムにとっても、演出する僕にとってもやりがいがあったよ」。

 製作のヘイマンが語る。「ストーリーが進むにつれ、ドラコのメッキがはがれてくるんです。彼はまだ16か17だし、よからぬことに加担しているといううしろめたさが心に重くのしかかってくる。ドラコの本性は悪なのか。今まではそう思われてきたかもしれません。でも本当にそうなのでしょうか。私には確かなことはわかりません。たしかにドラコ・マルフォイには悪のイメージが、そして愚かなイメージがついて回ってきました。ところが今回は強気で生意気な仮面の裏に、繊細で傷つきやすい素顔が見え隠れする。いじめっ子というのは往々にしてそうなのかもしれません。デイビッド・イェーツは各キャラクターの内面を良かれ悪しかれ描き出そうとしていました。イェーツもトムもみごとなまでにドラコというキャラクターとその心境の変化を掘り下げてくれたと思います」
「トムと組むのは楽しかったよ」とイェーツがエールを送る。「トムは大変な努力家だ。今回はとくに奮闘してくれたんじゃないかな」

 ドラコの挙動を不審に感じたハリー・ポッターは長年のライバルだった彼が死喰い人のひとりになったのではないかという思いを強くする。それに異を唱えたのがロンとハーマイオニーだ。ドラコ・マルフォイをかばう義理はもちろんないが、ドラコがそこまで悪だとも思えない。ラドクリフがコメントする。「父親が死喰い人なら、息子のドラコもそうに違いない――それがハリーの理屈なんだ。ハリーはドラコの後をつけて、何を企んでいるのか探るんだよ」

 ハリーがドラコを問いつめたことで、ふたりの間に初めて肉弾戦が勃発。以前からハリーとドラコの仲は険悪だったが、「けんかといっても言い争う程度で、暴力沙汰になったことはいちどもなかった」とフェルトンは証言する。「今回は、控えめに言うと、それより激しい争いになるんだ」
 呪文の応酬が続いた後、ハリーはとどめの一撃として強力かつ殺傷力を秘めた呪文を繰り出す。その呪文は“半純血のプリンス”から学んだものだった……。





遠い記憶NEW!

 とはいえ、ハリーは半純血のプリンスが誰なのかを知らない。知っているのは、その人物が古い教科書の前の持ち主であったということだけだ。ハリーはスラグホーン先生の魔法薬学のクラスで、その教科書を受け継いだ。「教科書には“半純血のプリンス所蔵”と書いてあるだけで、名前もなければ、その人物を特定するような記録もない。つまり、その正体は謎に包まれたままなんだ」とイェーツ監督は話す。「ただ、それが誰であれ、かなり頭のいい人物であることは明らかだね。オーソドックスな呪文や魔法薬のレシピをとびきり優れたものに改良してしまうんだから。その人物は独創的な発想の持ち主だけど、きわめて危険な発想の持ち主でもある。彼が考案したアイデアによって、ハリーはきわどい領域へ足を踏み入れることになるんだ」

 正体不明のプリンスが“上級魔法薬”の教科書にびっしりと書き込みをしていてくれたおかげで、ハリーはスラグホーンのクラスのヒーローになる。これもダンブルドアの計算のうちだ。
 ダンブルドアは、スラグホーンが“自慢の教え子コレクション”にハリーを加えることを見越していた。そして大胆にもハリーに進んで加わるよう進言する。マイケル・ガンボンが説明する。「スラグホーンは昔のトム・リドルに関する重大な情報を隠している。ダンブルドアには、それがわかっているんだ。だが、その情報を引き出すにはハリーが必要なんだよ」

 ヴォルデモート卿を倒すカギは、その過去にある。そう確信したダンブルドアはトム・リドルにまつわる記憶をできるだけ収集し、リドルがいつ、どのように学んで「魔法界史上、もっとも危険な闇の魔法使い」になったのかつきとめようとしていた。集めた記憶は一つひとつガラス瓶に入れ、ラベルを貼って慎重に保管。その中にはダンブルドア自身の記憶もある。ダンブルドアはそのうちの一瓶を取り出し、ペンシーブという水盆に中身を空け、幼いトム・リドルと初対面したときの記憶をハリーの前で再生してみせる。

 ハリーの目に映ったものは“ウール孤児院”にやってきた若き日のダンブルドアだ。美術のスチュアート・クレイグによると、この孤児院のモデルになった建物は、英リバプールの波止場でロケハンをしているときに偶然見つけたという。「あれは単調なレンガ造りのビルでした。周囲の景観を圧倒していましたね」とクレイグは振り返る。「じつに不気味で、刑務所かと思うような外観でしたが、それがヒントになって孤児院のデザインが生まれたんです。内装には、ビクトリア時代の施設によくあるツルツルしたタイルを使いました。あの種のタイルは丈夫で汚れが落ちやすい。狙いどおり、暗く重苦しい雰囲気の孤児院が完成しました」

 孤児院の中に入ったダンブルドアは殺風景な部屋に通され、そこで冷たい目をした幼いトム・リドルと対面する。11歳当時のトム・リドルに扮するのはヒーロー・ファインズ・ティフィン。奇遇にも、ヴォルデモートを演じるレイフ・ファインズは実のおじだ。「トムは暗くて元気のない男の子なんだ」とティフィンは言う。この役に決まったときは、ちょうど10歳だったとか。「だけどトムには特別な能力があって、自分をいじめる人をみんなやっつけちゃう。孤児院では友達がひとりもできないんだ。だから人の物を盗んで、それを友達がわりにしている。悲しいよね」
「ヒーローはじつに才能豊かです」と製作のヘイマンが感心する。「素顔の彼は愛らしい少年ですが、スクリーンで見るとゾッとする。人を寄せつけない、やけに落ち着いた雰囲気を漂わせていますからね」

「あんなにいい子もめずらしいんじゃないかな」とイェーツ監督もティフィンを評価する。「しかも監督の指示にきちんと応えてくれるんだ。指示といったって、もともと存在感のある子だから、うるさく言う必要はなかったね。気持ちを切り換えてとか、じっとしていてとか、その程度で充分だったよ」
 ダンブルドアはトムに話しかける――ホグワーツに来れば、魔法の使い方や制御の仕方を学べると。ダンブルドアは運命のスイッチを押してしまったとは気づきもせずに、その場を立ち去る。「サイが投げられたのは、こんなに昔のことだったのかと思うと慄然とします」と製作のデイビッド・バロンがコメントした。

 その後、ダンブルドアはハリーにもうひとつの記憶を見せる。ここに登場するのは16歳になったトム・リドル。ホラス・スラグホーンの自慢の教え子になっていた。16歳のトム・リドルを演じるフランク・ディレインは「トムは愛嬌があるけれど、すごく狡猾なんだ」と指摘。「スラグホーンとトムの立場は完全に逆転しているよ。ふつう、師弟関係というのは先生のほうが上だよね。なのに、どう見てもトムのほうが主導権を握っているんだ」

 製作のバロンが続ける。「トムにはうかがい知れない裏の顔がある。フランクはそのことをみごとに感じさせてくれました。トムは異常なくらいに礼儀正しいのですが、どこか凄みがあって、スラグホーンをビビらせているんです」

 問題の晩、スラグホーン主催の茶会に参加したトム・リドルはなかなか帰ろうとせず、“珍しい魔法”についてスラグホーンに尋ねる。するとスラグホーンは憤然と質問をはねのけ、二度と聞くなと言い放ち、部屋から出て行くようトムに命じるのだ。

 ここでハリーは疑問を感じるが、この記憶が偽物であることをダンブルドアから説明されて合点が行く。この記憶は改ざんされていたのだ――記憶の主ホラス・スラグホーン自身によって。実際のところ、スラグホーンがこのときトムに何を教えたかは定かでない。しかし、それが何であれ、ヴォルデモートを倒すカギであることは間違いないのだ。ハリーはなんとしてもスラグホーンの罪悪感と恐怖を取り除き、本当の記憶を引き出そうと心に誓う。

「ここにハリーの成長の証がある」とイェーツ監督は指摘する。「ハリーは戦争のまっただなかにいる。だから、ダンブルドアの言葉――スラグホーンの記憶さえ手に入れば、ヴォルデモートに勝てるかもしれないという言葉を聞いただけで何をすべきかわかるんだ。ハリーのいちばんの目的はヴォルデモートを葬ること。スラグホーンはその目的を達成するための手段。スラグホーンを利用して目的をはたそうとするハリーは、もはや子供じゃない。ダニエルはそのへんを巧みに演じてくれたよ」




“選ばれし者”の育成NEW!

ヴォルデモートの不滅の生命力はどこからくるのか。その源を探しあて、願わくば破壊するために、ハリーとダンブルドアは危険を覚悟で人里はなれた洞窟にやってくる。それは海風が吹きつける断崖の奥にひっそりとたたずんでいた。美術のスチュアート・クレイグがコメントする。「ロケハンでアイルランド西部を訪れた際、モハーの断崖を見かけました。ここなら洞窟の入口として申しぶんないと直感しました」。

 だが、洞窟の内部は無限大の空間という設定だったため、「実際にセットを組むのは不可能だった」とクレイグは明かす。「実写の部分はハリーとダンブルドアが最初に到着する岩山と、事件の舞台となる洞窟内部の結晶体の山だけ。そのほかはCGによるバーチャル・セットです。バーチャル・セットは前作で経験ずみでしたから、今回はいくらか自信をもって取り組むことができました」

 洞窟の中には氷柱のような結晶体がいくつも形成されている。そこでクレイグ率いる美術チームはさまざまな岩の組成を調査し、石英や岩塩でできた結晶洞窟を訪れ、結晶体の表面を研究した。「結晶体のレプリカをつくるには相当な研究調査と合成樹脂を用いた実験を重ねなくてはなりませんでした」とクレイグは振り返る。「むずかしかったのは芸術性と本物らしさを両立させること。この結晶体はティム・バーク率いる視覚効果チームや(撮影監督の)ブリュノ・デルボネルにとっても難題だったと思います。ガランとした暗い空間の中で、きらめく結晶体にどうやって照明を当てるか。ここは総力戦でしたが、楽しいコラボレーションになりました」

 この洞窟の奥でハリーとダンブルドアは大きな危険に遭遇。ダンブルドアはこのとき初めてハリーに対処を任せる。「ダンブルドアは通過儀礼のつもりでハリーをここに連れてきたんだ」とラドクリフが話す。「来たる決戦に向けて、予行演習をさせようと考えたんだ。ハリーにとって、ここがヴォルデモート打倒への第一歩。ハリーならもちろん受けて立つだろうね」

 その予行演習がうまくいったか否かは別として、ホグワーツに戻ったふたりにはさらなる脅威が待ち受けていた。製作のヘイマンが語る。「ダンブルドアのセリフに“ハリー、またしても無理な頼みごとをしなくてはならない”というのがあるんです。ダンブルドアは本気ですまないと思っているのか。それは定かではありませんが、確かなのはダンブルドがハリーの成長を認めているということ。“無理な頼みごと”もハリーにとっては修業のうちなのでしょう。ヴォルデモートと最後に対決するのはハリーであることをダンブルドアは承知している。だからこそ、スラグホーンに引き合わせ、ヴォルデモートの過去に触れさせて、探訪の旅に同行させる。そうやって来たる最終決戦へとハリーを送り出す準備をしているんです」


-- プロダクション・ノート END --

 

 

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